研究テーマ01
放線菌の眠っている抗生物質生産能力覚醒技術の開発
一株の放線菌が生産できる抗生物質や二次代謝産物の数は30種類以上と言われています。しかし、そのうち生産が確認できているものは数種類しかなく、ほとんどは遺伝子発現が極微量か全く発現していないものです。新たな薬剤シードを得るためには、放線菌のこれら眠っている遺伝子を効率的に発現させる必要があります。
(1) 複合培養:ミコール酸含有細菌と放線菌の共培養による抗生物質生産
これまでの我々の研究から、ミコール酸と呼ばれる脂肪酸を細胞表層に持つ細菌と放線菌を混ぜ合わせて培養すると放線菌がこの細菌に刺激され、新たな抗生物質を作る現象を明らかにしました。そこで、このような放線菌とミコール酸を共培養して新たな抗生物質を作らせる培養法を「複合培養」と名付け、作用機構の解明に取り組んでいます(図1-1)。本現象は単純な物質による刺激ではなく、ミコール酸を持つ細菌が生きた状態で直接放線菌に接触することにより起こることがその後の研究で明らかになりました(図1-2)。これまでに、物質を介さず、物理的接触によって微生物が刺激を受けるという現象は知られていません。そのため、本現象は目も耳も持たない微生物がどのようにして自分の周りの生きた生物を認識しているのかという点においても興味深いテーマです。
また、放線菌Streptomyces lividansとミコール酸含有細菌Rhodococcus属細菌との複合培養においては共凝集状態が観察されています。この共凝集が抗生物質生産にどのような役割を果たしているかは今後の研究の課題です(図1-3)。
微潜研では、その現象の作用機構の解明の他に、複合培養法を用いて実際に、眠っている遺伝子の効率的な覚醒方法の確立も目指しています。これまでに、国内の大学との共同研究などにより、複合培養を用いて40種類の新規化合物を発見しています(図1-4)。また、複合培養によって放線菌宿主における異種発現も活性化され、生産量が増大することを明らかにしています(図1-5)。
複合培養研究に関する主要な参考論文
- Onaka H, Mori Y, Igarashi Y, & Furumai T. Mycolic acid-containing bacteria induce natural-product biosynthesis in Streptomyces species. Appl Environ Microbiol 77(2): 400-406 (2011)
複合培養現象に関して初めて報告した記念碑的論文 - Onaka H, Ozaki T, Mori Y, Izawa M, Hayashi S, & Asamizu S. Mycolic acid-containing bacteria activate heterologous secondary metabolite expression in Streptomyces lividans. J Antibiot (Tokyo) 2015 Apr 1. doi: 10.1038/ja.2015.31.
複合培養法が異種発現においても効果的であることを示した論文 - Asamizu S, Ozaki T, Teramoto K, Satoh K, Onaka H. Killing of Mycolic Acid-Containing Bacteria Aborted Induction of Antibiotic Production by Streptomyces in Combined-Culture. PLoS One. 2015 Nov 6;10(11):e0142372. doi: 10.1371/journal.pone.0142372.
物理的接触による共凝集が複合培養現象に重要であることを示した論文 - M. Kato, S. Asamizu, and H. Onaka*. Intimate relationships among soil bacteria: actinomycetes and mycolic acid-containing bacteria. Scientific Reports, (in press)
自然環境下においても放線菌とミコール酸含有細菌のペアが共凝集して生息していることを示唆した論文 - S. Hoshino, H. Onaka, I. Abe. Activation of silent biosynthetic pathways and discovery of novel secondary metabolites in actinomycetes by co-culture with mycolic acid-containing bacteria. Journal of Industrial Microbiology & Biotechnology 46(3-4): 363-374 (2019)
複合培養によって誘導される二次代謝産物に関するレビュー
(2) ゴードスポリン:放線菌の二次代謝生産を誘導する薬剤
ゴードスポリン(図2-1)は放線菌であるStreptomyces sp. TP-A0584が生産する二次代謝産物ですが、他の放線菌に与えると二次代謝生産を誘導する活性を示します(図2-2)。ゴードスポリンによる活性化機構を分子レベルで明らかにすることにより、眠っている遺伝子の効率的な覚醒方法の確立を目指します。
また、ゴードスポリンは直鎖のペプチド化合物ですが、リボゾームによる翻訳を介して合成されるために、遺伝子配列の書き換えにより、無限の類縁体を創出することができます(図2-3)。このような利点を有するゴードスポリン生合成機構を有用物質生産へ利用する研究も行っています。これは微生物を世界最小の化学工場として利用するための技術開発の一つです。
ゴードスポリン研究に関する主要な参考論文
- H. Onaka*, H. Tabata, Y. Igarashi, Y. Sato and T. Furumai. Goadsporin, a chemical substance which promotes secondary metabolism and morphogenesis in streptomycetes. I. Purification and Characterization. The Journal of Antibiotics, 54: 1036-1044 (2001)
ゴードスポリンの同定と生理活性を示した論文 - Onaka H, Nakaho M, Hayashi K, Igarashi Y, & Furumai T. Cloning and characterization of goadsporin biosynthetic gene cluster from Streptomyces sp. TP-A0584. Microbiology 151: 3923-3933 (2005)
ゴードスポリン生合成遺伝子をクローニングし、リボソームによって翻訳合成されることを示した論文 - Ozaki T, Kurokawa Y, Hayashi S, Oku N, Asamizu S, Igarashi Y, Onaka H. Insights into the biosynthesis of dehydroalanines in goadsporin. ChemBioChem 2015 Dec 2. doi: 10.1002/cbic.201500541.
ゴードスポリン内に存在するデヒドロアラニンの生合成機構に関する論文